3.謎の病気
後日私はクリスと一緒にクリスの友人宅に行った。
白い大理石で出来た門構えのすごい豪邸だった。私達は豪邸の一室に通された。部屋の中央に大きなベッドがあり、一人の痩せ細った男が生気のない目でこちらを見るとかすかに笑った。友人の名前はロマノフと言った。私はロマノフに病気の症状を聞いた。
「いつから症状が出始めました?」
「もう五年前から体調がすぐれません」
「どこか痛いところはありますか?」
「手や足の先がしびれて時々痛くなります。最近では立って歩くことも困難になります」
「食欲はありますか?」
私が聞くとロマノフは小さい声でありません、と答えた。
私は製薬会社で会った医者の言っていたことを思い出した。なんでも患者の病気の原因は食事によるところが大きいそうだ。病気名がわからない場合は患者の食事を見れば大体わかると言っていたことを思い出した。
私はロマノフの食事を確認した。
「今朝の食事は何を食べました?」
私がそう聞くとおかゆが出てきた。それは白米で作ったおかゆだった。ロマノフによると食欲が無いので、少しでも栄養価の高い白米を使ったおかゆを毎日食べているそうだ。
「いつ頃からおかゆばかり食べているのですか?」
「体調が悪くなった五年前からずっと食べています」
「おかゆだけ?」
「そうです」
私はその答えを聞いてある病名が頭に浮かんだ。もしかして脚気じゃないか? と私は思った。
脚気とはビタミンB1が欠乏して起こる病気で、全身の倦怠感、食欲不振、手足のしびれなどの症状が出る病気のことである。ビタミンB1を含まない白米食ばかり食べてる人が発症する病気で日本でも白米食が普及した明治から大正時代にかけて多くの人が脚気で死亡していた。
確か明治37年の日露戦争では25万人もの脚気患者が出て3万人ほどの患者が亡くなっている恐ろしい病気だと聞いたことがあった。
私は脚気かどうか確認するためにロマノフをベットに座らせて膝下を軽く棒で叩いたが、反応がなかった。膝蓋腱反射と言って、膝下を叩くと正常な人は足が跳ね上がる反応を示すのだが、脚気の人は反応がないのだ。
「ロマノフさん。あなたの病気は脚気ですね」
「脚気? 聞いたことがない病名だ」
「主にビタミンB 1の不足によって起こる病気ですので、これからは玄米のおかゆと、豚肉や野菜も食べるようにしてください。あと、お酒も控えるようにしてください」
「食事を変えるだけで治るんですか?」
「そうですね。徐々に改善していくと思います」
私がそう言うとロマノフの顔が明るくなった。
「ティアラさん。ありがとうあなたは私の命の恩人です」
「い……いえ。まだ治ったわけではないのでお礼を言われても……」
「いいえ! そんなことはありません。何人もの医者に診てもらったが、病名すらわからなかったのにあなたは病気の原因を突き止めてくれた。それだけでも私は救われた」
ロマノフはそう言うと私の手を両手で掴んでありがとう、ありがとう、と泣きながら何度も感謝してくれた。クリスはロマノフの肩に手を置いてよかったなロマノフと言った。クリスの目にも涙が見えた。
私とクリスはロマノフの部屋を出た。出た瞬間クリスが私に抱きついて感謝した。私は男性に抱きつかれたことがなかったので、びっくりして声も出なかった。
クリスは私の耳元で友人を助けてくれてありがとう、と声を振るわせていた。おそらく私の肩で泣いているのだろう。私はそんなクリスを愛おしく感じた。
私はクリスに家まで送ってもらった。途中までで良いと言ったが強引に家まで付いてきた。クリスは別れ際に今度君に見てもらいたいものがあると言い出した。
「見てもらいたい物?」
「ハハハ……そんなに大した物じゃないんだけど、うちの経営しているワイナリーだよ」
「ワイナリー?」
「そう。ぜひ君に見てもらいたい!」
私はワイナリーというものに興味があったのでいい機会だと思いOKした。クリスが帰った後に気づいたことがある。これってデートに誘われたのではないか? 年齢=彼氏いない歴だった自分を思い出した。異世界に来てまさか初デートをする羽目になるとは思っていなかった。私は母が作ってくれた服で初デートに行くことを決意した。
◇
人生初デートの日は直ぐに訪れた。私が家の玄関を出ると立派な馬車が横付けされていた。その横に着飾ったクリスがいた。クリスは私を馬車に乗るようにエスコートしてくれた。
私とクリスの乗った馬車はゆっくりと目的地に向けて走り出した。
私はロマノフの事が気になってクリスに聞いた。
「クリス。ロマノフさんの容態はどうかしら?」
「ティアラ、君のおかげでロマノフは順調に回復しているよ。もう立って歩けるようになったと言っていたよ」
「本当! それは良かったわ!」
私は人の役に立つ事ができて嬉しかった。
馬車はしばらく走った後に町の中心部で止まった。
「さあ着いたよ」
私はこんな町の中心部にワイナリーがあることが信じられなかった。私が馬車の窓から外を見ると何かの店先に馬車が停まっているようだった。
「こんなところにワイナリーがあるの?」
「ワイナリーに行く前によりたいとこがあってね」
私はクリスに案内されて店の中に入った。店の中は高そうな服やアクセサリーが売られていた。この世界の高級ブティックといったところだろう。
「ここは……?」
「ティアラにこの前のお礼がしたくてね」
「え?」
「ティアラ、この店の物、何でも欲しい物を言ってくれ! 君にプレゼントしたいんだ」
「ええ? 悪いわ……こんな高そうなところ……」
「良いんだよ。君は僕の友人を助けてくれた。これでも安いくらいだよ」
「んー、でも……」
私は人からプレゼントをしてもらったことがほとんでないのでどうしたら良いのかわからなかった。ましてやこんなかっこいい男の人からプレゼントなんてどうもらって良いのかわからず困惑した。
私は正直に自分の気持ちを伝えることにした。
「クリス気持ちは嬉しいわ、でもやっぱり受け取れないわ」
「え? どうして?」
クリスはびっくりした表情で私を見ていた。
「私が来ているこの服は母が手作りで作ってくれた服なの。まだまだ着れるので私にはこの服で十分なのだから…………私には必要ないわ……ごめんなさい」
私は本当にクリスに申し訳ない気持ちでいっぱいになった。私がうつむいているとクリスは私の手を取って目をキラキラさせて言った。
「本当に君は不思議な女性だね。今までそんなこと言った女性は初めてだよ」
「ごめんなさい……面倒な女で…………」
「違うよ! 素敵な女性だと言っているんだよ。自分の母親の作った服を大事にするような女性に悪い人はいないと思うよ」
「でも……クリスの気持ちに答えられなかったわ」
「良いんだよ。僕の方こそごめんね。いきなりこんなところに連れてきてしまって、君を困らせてしまったね」
クリスは私の手を掴んで今度こそワイナリーに行こう、と言った。
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