13.勇気
それは不意に訪れた。移動教室で近道をしようと学園の中庭の裏手を歩いていた時に、不意に目の端にそれが写った。
ベンチに座った魔法科の生徒を商業科と思う生徒が周りを取り囲んで何やら話しているように見えた。
最初は商業科の生徒数人のグループで談笑していると思っていたが、ベンチに座っている少女の手にした道具箱を立っている一人が払い除けて道具箱が床に落ちて中の道具が散乱した。間違って手が当たったのかなと希望的なことを思っていたが、散乱している道具を拾いもせずに三人の女生徒は笑っていた事ではっきりとそれが意味することが分かった。いじめである。
異世界でもそんなことがあるのかと思い残念だった。咲子も昔いじめられていた経験があった。それは些細なことだった。給食のしいたけがどうしても食べられなくて、いつまでも昼休みの時間に教室に残されていて、そのことが原因で皆からかわれるようになり、いつの間にか無視されるようになった。
子供とはちょっとしたことが原因でそうしてしまうものなのだろう。でも誰かが味方になってあげると心強いと思う。私には残念ながら誰もいなかったが、この異世界に転生した私ならできると思った。以前の私なら見ないふりをしていただろう。でもレンの言葉を聞いて生き方を変えると誓った今の私になら、できると思っていたらいつの間にか足が出ていた。
「や……やめなさい!」
私はいじめっ子の間に入って仁王立ちになった。
「なによ、あんた。関係ないでしょ!」
「お……大勢でひ……一人を取り囲んで恥ずかしくないの?」
私は声が震えていてびっくりした。でももう後戻りはできない、勇気を振り絞ってまっすぐいじめっ子を睨んだ。
「どうかしたのかい? ティアラ」
私は不意に横から声をかけられてびっくりしたが、声の方を見るとそこにはクリスがいた。
「え? クリス様? なんで?」
三人のいじめっ子の女子生徒はクリスを見て色めき立った。クリスに様を付けているところを見ると三人はクリスに憧れているということだろう、まあわからないでもない。
「ク……クリス様。な……何でもありませんわ。それではごきげんよう」
三人はバツの悪そうにそのまますぐにその場を去っていった。
「ティアラ大丈夫かい?」
「うん。私は大丈夫よ。私よりも……」
そう言うと少女を見た。少女は床に落ちた道具を拾っていた。私とクリスも拾うのを手伝った。
「ありがとう」
「いいのよ。私はティアラあなたは?」
「エリカです」
「エリカよろしくね。それにしてもなんでちょっかい出されていたの?」
「私がドワーフだからです」
「ドワーフ?」
そういえばエリカの体は小さくて幼い。
「そうです。私の実家はドワーフの武器屋をしています」
「え? それってイーストエンドの武器屋?」
「そうです。なんで知ってるんですか?」
「私最近までそこの近くに住んでいたのよ」
「本当ですか? ご近所さんだったんですね」
「よくカイロの材料となる鉄粉をもらっていたわ」
「え? それじゃあなたは聖女と噂されてるティアラ様ですか?」
「あ……ええ。なんかそう言われてるみたいね。私は実感ないけど……」
「やっぱり! あなたが聖女様だったのですね」
「ええ……聖女という自覚はないけどそう言われているのは確かね」
「やったーー!! すごい! まさかこんなところで聖女様とお会いできるなんて!」
「あの……その聖女様と呼ぶのはやめて、ティアラでいいわ」
「はい、わかりましたティアラ様」
「あの……その様も付けないでほしいんですけど……」
「それはできません。ティアラ様の身分は伯爵ですので、様は付けないとおかしいです」
「そ……そういうものなのね……わ……分かったわエリカ教えてくれてありがとう。それにしてもさっきのあの人達はだれなの?」
「商業科の生徒で全員男爵のお嬢さんたちだね」
「ふーん、詳しいのねクリス」
私が意地悪そうに言うとクリスは顔を赤くして、ち……違うよ……同じ商業科だから見たことがあるだけで名前までは知らないよ、本当だよ……、と慌てて言ってきた。
「あはははは。冗談よ、クリス、エリカのこと守ってあげてね」
「ああ、もちろんだよ。ティアラのお願いを僕が断ったことはないだろ」
「ありがとう、クリス」
そう言って別れようとしたとき、いきなりクリスに腕を掴まれた。
「そ……そうだ。今日うちに来ないか?」
「え? どうして?」
「三人で友人になった記念に……い……いいかな?」
クリスはエリカを見た。エリカはすごく喜んだ様子ですぐに了承した。私は少し考えたけど予定があるわけでは無いので了承した。
「やったーー! それじゃ放課後校門の前で待ってるね」
私達は放課後に落ち合う約束をして別れた。
◇
放課後になり私達は四人でクリスの家が所有している馬車に乗ってクリスの家に向かっていた。本当は私とエリカの二人で家にお邪魔するつもりだったが、私が教室を出るとレンが待っていて、どうしても付いてくるといってきかなかった。なのでいま四人で馬車に揺られている。
「あなたまで来ることはなかったんですよ」
クリスがレンに嫌そうに言った。
「何があるかわからないからな、俺は王からティアラを守るように言われているんだ」
馬車の中に険悪な空気が流れた。
「ふたりとも喧嘩はしないでよ」
「「誰のせいだと思ってる」」
二人が私に向かって言ってきた。なんでこんなに仲が悪いのか私にはわからなかった。私は話題を変えるようにした。
「そういえば、クリスの襟についている校章? かっこいいよね」
クリスの制服の襟にドラゴンの形をしたゴールドの校章のようなものが付いていたので聞いてみた。
「ティアラ様知らないのですか?」
エリカが不思議そうな顔で私に聞いてきた。
「え? なに? 知らないとだめなことなの?」
「ティアラは学園に来るようになってからまだ日が浅いから知らないのか」
「この校章は各科の成績上位五名の人だけがもらえる校章なんですよ」
「えー? すごい、クリスはやっぱり優秀なんですね」
「いや、そんなことは無いですよ」
クリスが謙遜しているとレンが横槍を入れてきた。
「そうだよ、そんなもの全然すごくないぞ」
「レンなんてこと言うのよ、上位五名しかもらえないのよ。優秀な学生の証じゃない」
「だって俺ももらったぞ」
レンはそう言うとポケットから校章を出した。
「「「えーーーーー!!」」」
「この前、生意気なやつを模擬戦で倒したらもらったぞ」
「これって、クリスの持っているのより大きくない?」
「こ……これは、そ……そんな……」
「どうしたの? ふたりともそんなに驚いて」
「この学園は一年から五年まで五年制の学校なんだ。騎士科はその性質上、学年関係なく模擬戦を行いお互い競争しながら切磋琢磨することを推奨しているのだが、レンの校章は戦いの才能がずば抜けている者だけに送られる校章なんだ」
「それじゃレンの強さは全騎士科の生徒を凌駕していると?」
「早い話が、そうだ。この校章のついている者には手を出すなという意味がある」
「確か騎士科でこれをもらったことがある人物は、王宮騎兵団のゴルドンさんだけだと伺った記憶があります」
「へえーーー、すごいわね。レン!」
「べ……別にすごくないよ」
レンは顔を赤くして校章をポケットへしまった。
「明日から襟に付けていってよ」
「せ……制服が無いから無理だよ」
「えーー、折角こんなにすごいものをもらっているのにーー」
私ががっかりしているとクリスが僕のお古をやるよ、と言ってくれた。
「本当か?」
「ああ、おそらく君には少しサイズが小さいかもしれないが、うちには優秀なメイドがたくさんいるから布を足してすぐにぴったりなサイズにしてくれるだろう」
「やったね! レン。クリスもありがとう!」
すごく嬉しくなったので飛び跳ねたら馬車が揺れて体のバランスを崩して倒れそうになった。
「「危ない」」
咄嗟にレンとクリスが体を抱きしめてくれた。
「あ……ありがとう」
二人は顔を真っ赤にしてすぐに手を離した。
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